「娼年」(石田 衣良 著)を読んだ感想、書評
石田 衣良さんの「娼年」を読んでみました。娼夫の話ですが、下卑た話にはならず、きれいな描写が印象に残りました。「娼年」と言うタイトルが、簡潔に内容を表していて、どのような話なのかも想像できて、秀逸だと思いました。
色々な性癖を持つ女性が、次々と主人公リョウのお客として現れます。読み手の興味としては、次の女性は、どのような性癖を持っているのか言う点になってきました。インパクトのある性癖を持つ女性たちの話が描かれていますが、嫌な感じは受けませんでした。終盤の展開としては、「まあ、そうなるかな」と言う展開でしたが、面白い話でした。
AmazonのBOOKデータベースより
恋愛にも大学生活にも退屈し、うつろな毎日を過ごしていたリョウ、二十歳。だが、バイト先のバーにあらわれた、会員制ボーイズクラブのオーナー・御堂静香から誘われ、とまどいながらも「娼夫」の仕事をはじめる。やがてリョウは、さまざまな女性のなかにひそむ、欲望の不思議に魅せられていく…。いくつものベッドで過ごした、ひと夏の光と影を鮮烈に描きだす、長編恋愛小説。
「ラストワンマイル」(楡 周平 著)を読んだ感想、書評
2006年頃に話題になっていた事件、話題をモチーフして構成された経済小説です。ネタになっているのは、ローソンをめぐる郵政とヤマト運輸の宅配サービス戦争、ライブドアによるニッポン放送株買収、楽天のTBS株大量取得事件などです。
あらすじ
「暁星運輸」(ヤマト運輸がモデルと思われる)が、ネット通販の「蚤の市」(楽天市場がモデル)に取引条件の変更を持ちかけられるところから話が始まります。「暁星運輸」としては到底飲めない条件を出されます。同時期に大手コンビニチェーン「ピットイン」(ローソンがモデル)より受注している宅配サービスを郵政の「ゆうパック」と併売させたいとの打診を受けます。「ゆうパック」との価格競争に勝てるはずはなく、「暁星運輸」は会社存亡の危機に立たされます。
「蚤の市」と「ピットイン」に代わる新規取引先を探していた広域営業部の横沢はある時に気がつきます。商品をお客様に直接届ける最終行程「ラストワンマイル」を握っている「暁星運輸」にしか出来ないサービスがあることに。それは、出店料無料のショッピングサイトを立ち上げることでした。出店料を無料にしても、配送をすべて「暁星運輸」で引き受けるのであれば、十分に成り立つビジネスプランでした。
「蚤の市」に株の大量取得をされていた「極東テレビジョン」(TBSがモデル)と利害関係が一致して、出店料無料のショッピングサイトを一緒に立ち上げていきます。最後に勝つのはどちらか…?
2006年当時の世相、技術をもとにした予想的な記述も、いくつか当てっているものがありました。「出店料無料のショッピングサイト」はYahooが実際にサービスをはじめました。ネットでの閲覧、商品の購入行動が、スマホやタブレットなどのデバイスに移行していくであろうという予測も、その通りになりました。
Amazonの内容紹介より
本当に客を掴んでいるのは誰か──。暁星運輸の広域営業部課長・横沢哲夫は、草創期から応援してきたネット通販の「蚤の市」に、裏切りとも言える取引条件 の変更を求められていた。急速に業績を伸ばし、テレビ局買収にまで乗り出す新興企業が相手では、要求は呑むしかないのか。だが、横沢たちは新しい通販のビ ジネスモデルを苦心して考案。これを武器に蚤の市と闘うことを決意する。
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「臨床真理」(柚月 裕子 著)を読んだ感想、書評
「最後の証人」が面白かったので、柚月 裕子さんの「臨床真理」を読んでみました。第7回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作です。
言葉の色が見えるという設定が面白かったです。嘘をついていると、赤い色が見えたり、話している人の感情が色で見える藤木 司の能力。そういた能力は「共感覚」と言われ、一瞬見たものをすべて記憶できるという記憶力を持つ「サヴァン症候群」の人たちが持つ能力として知られているもののようです。
物語のベースにあるテーマが、知的障害者への性暴行という、救いようのない暗いテーマなのですが、次々とテンポよく話が展開されていくので、読みやすかったです。但し、この作品には、酷評も多く、第7回『このミステリーがすごい!』の選考でも、大きく評価が分かれたそうです。
「影法師」(百田 尚樹 著)を読んだ感想、書評
百田 尚樹さんの作品はどれも評価が高く、面白いのですが、その中でも特に評価が高い「影法師」読んでみました。とても面白かったです。百田さんは作品は、どれも安心して楽しむことができます。物語の構成もすばらしく、不必要な描写、出来事はなく、伏線の回収もきっちりと行われます。物語の最後では、主人公二人の友情以上の関係に、涙腺が緩みました。
Amazon「BOOK」データベースより
頭脳明晰で剣の達人。将来を嘱望された男がなぜ不遇の死を遂げたのか。下級武士から筆頭家老にまで上り詰めた勘一は竹馬の友、彦四郎の行方を追っていた。二人の運命を変えた二十年前の事件。確かな腕を持つ彼が「卑怯傷」を負った理由とは。その真相が男の生き様を映し出す。
あらすじ ネタバレを含みます
戸田勘一、後の名倉彰蔵(筆頭家老)は、代官時代に、領民の本当の生活の実態を知りました。いつまでたっても苦しい領民の生活、ひいては自分たちの生活の問題を根本から解決するには、石高を上げるしかないと結論づけます。しかし開拓できる土地は既に開拓済みで、大干拓をすることを目標に立てます。
戸田勘一と刎頸の友である磯貝彦四郎は、剣の達人であるばかりでなく、すべてのことを優秀にこなす優れた武士でした。但し、彦四郎は次男であり、この時代、次男は、婿養子にならない限り、長男の使用人として、結婚も出来ず、惨めな生涯を送ることもよくありました。
勘一は、大干拓には、何十年もかかり、自分たちがその完成をみることが出来ないことは分かっていましたが、申請のために、調査、準備を進めます。しかし、事情により申請がかなわないことにより、藩主への直訴を考えます。直訴をすれば、計画書を見てもらうことはできますが、確実にお咎めを受けることになり、場合にはよっては、切腹を申し付けられることにもなります。
優れた人物であると評価の高い彦四郎ですが、自分のやりたいことは、まだ見つけられていませんでした。彦四郎は、勘一から大干拓の直訴の話を聞き、なんとか思い留まらせます。物語の中には、具体的な描写はありませんが、おそらく、勘一の影(影法師)として、生きていくことを決心したのは、その時だと思います。
その後、戸田勘一は名倉彰蔵と名を改め、筆頭家老として、国元に戻ってきました。念願だった干拓事業は順調に進んでいました。気になっていた磯貝彦四郎の消息を調べると、数年前に既に亡くなっていました。優れた武士であった彦四郎は、惨めな晩年を過ごしていたようでした。
名倉彰蔵は、過去に自分を狙っていた刺客より、磯貝彦四郎が勘一を守るために影として動いていたことを知ります。それだけでなく、勘一に干拓事業を成功させるために、自分を犠牲にしてまで「卑怯傷」を受けていたことが分かります。最後の一文です。「彰蔵は両手で土を掻き毟り、犬のような咆哮を上げて、ただ泣いた」
「横道世之介」(吉田 修一 著)を読んだ感想、書評
「悪人」「パーク・ライフ」「さよなら渓谷」と吉田 修一さんの本を読んで来て、それらに劣らず評価の高い「横道世之介」を読んでみました。
1980年代後半が舞台の話です。懐かしい流行の描写が沢山ありました。主人公、世之介のガールフレンド、与謝野祥子は「不思議ちゃん」なのですが、とても魅力的でした。その魅力だけで、最後まで読み切りました。映画では、吉高 由里子さんが、与謝野祥子を演じていました。不思議ちゃんと言えば、吉高 由里子さんだとは思うのですが、与謝野祥子は、もっと「天然」なイメージが近いような気がします。
「横道世之介」は、あたたかい気持ちになれる青春小説で、確かに面白いのですが、吉田 修一さんの小説で、心に残るのは、「悪人」や「さよなら渓谷」などの暗い作品の方です。「さよなら渓谷」を読み終えた後の茫然自失な感じは、最近の読書では味わえなかった感覚です。
「最後の証人」(柚月 裕子 著)を読んだ感想、書評
法廷ものミステリーとして評判の高い「最後の証人」を読んでみました。面白かったです。前半部分を読み進めると、被告人は誰なんだろうと疑問に思います。そこに、ミスリードによるトリックがあるのですが、そのトリックなしでも、本筋の展開だけで十分に面白い内容です。予備知識なしに読むことをおすすめします。
法廷ものとしては、「アリー my Love」や「グッド・ワイフ」などのアメリカのドラマをよく観ていましたが、それに比べても遜色無い裁判でのやり取りの描写がありました。佐方貞人シリーズの第一作ということなので、他のシリーズ作品も読んでみたいと思います。
ウィキペディアの紹介エピソード
『最後の証人』(さいごのしょうにん)は、柚月裕子の推理小説。帯には柚木自身が尊敬する横山秀夫の推薦文も掲載された。横山秀夫はめったに推薦文をよせないということで知られていため、掲載が決定した時はとても信じられず、「本当ですか?」と何度も編集者に確認したという話がある。
Amazonでの内容紹介
書店員さんや書評家など、多くの方から絶賛された傑作法廷ミステリーです! 元検察官の佐方貞人は刑事事件専門の敏腕弁護士。そんな彼のもとに、殺人事件の被告人から弁護依頼が舞い込む。高層ホテルの一室で起きた刺殺事件。男女間の愛憎のもつれの末の犯行であり、物的証拠、状況証拠から有罪確実だとみられている。しかし佐方の本質を見抜く勘が、事件の裏に何かがあると告げていた。有罪必至の弁護を引き受けた佐方の勝算とは何か。やがて裁判 は驚くべき展開をみせる! 『このミステリーがすごい!』大賞受賞作家による、衝撃の話題作!
『最後の証人』 柚月裕子氏 ~事件の裏にある動機を鮮明に浮かび上がらせたい~ 柚月裕子(作家)× 池上冬樹(文芸評論家)
「トキオ」(東野 圭吾 著)を読んだ感想、書評
「リピート」の巻末にタイムスリップを題材にした小説の解説がありました。タイムスリップものを色々なタイプに分類して、リピートと比較するといった内容です。その中で、東野 圭吾さんの「トキオ」も取り上げられてました。どのようなタイムスリップ話なのか興味があり、読んでみました。
タイムスリップものと言っても、その仕組みについては、一切触れておらず、タイムスリップするのは主人公の意識だけでした。時生(トキオ)の意識が過去の「ある青年」の体に入り込むというものでした。東野 圭吾さんの小説らしく、あまり断定的な記述はありません。なんとなく「そういうものなんだ」という程度の記述で話が進んでいきます。感動をさそう場面も多々あり、展開も面白いのですが、予定調和が最初から見えているので、話の進み具合の遅さを感じました。
Amazonの商品説明より
遺伝的な難病ゆえ、短い生涯を終えようとしているわが子。「『生まれてきてよかったか』と尋ねたかった」とつぶやく妻に、主人公、宮本拓実は語りかける。今から20年以上前に、自分は息子と会っていたのだと…。
定職を持たず、自堕落に生きていた若かりし日の拓実の前に、見知らぬ若者が現れる。トキオと名乗るその青年とともに、拓実は、行方不明となったガールフレンドの捜索に乗り出した。
死んだ息子が過去にタイムトリップして父親の窮地を救うという、時間移動を機軸にした物語である。本格推理からコミカルなものまで、ミステリーのあらゆる分野を手がける著者の作品のうちでは、母と娘の心が入れ替わる大ヒット作『秘密』に通じるファンタジー小説に分類されるだろう。
本書では、昭和45年の東京や大阪の街並みと、雑然とした時代を生きる若者の姿を背景に、父と子の見えないきずながつづられている。ノスタルジックな雰囲気漂うストーリーにもかかわらず単調だと感じさせないのは、もうひと組の親子、すなわち拓実とその実母の秘められた関係や、スリリングな人質救出作戦が組み込まれた巧妙な構成にあるといえよう。また、冒頭の「明日だけが未来じゃない」というトキオの言葉に代表される、登場人物のセリフも物語に厚みを出している。甘くせつなく、そしてさわやかな余韻が読後に残る作品である。(冷水修子)